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[天地日報=カン・スギョン記者]
来る23日、世界平和統一家庭連合(家庭連合、旧統一協会)創始者文鮮明総裁1周忌を控えて統一教の内部が慌ただしい。
文亨進‧國進二世後継体制から韓鶴子総裁体制への整備を完了した家庭連合は2020年、文総裁生誕100周年に合わせてすべての力を結集する方針だ。今回の追悼式も、そのための助走になる。
◆”文総裁生前のみ言を一列に連ねた宝石にする“
これにより、今回の文総裁1周忌追慕式が持つ意味は大きい。韓鶴子総裁は文総裁が生前に追求した価値を信徒たちに伝えるための経典出版に集中している。統一教が追求する天一国の3つの経典である。
天聖経(文総裁語録)増補版と平和経(文総裁の普及講演178編)の出版記念会が開かれ、今回の追慕式では、英語‧日本語訳が出版される予定である。 2014年基元節を目標に”真の父母経(文総裁と韓総裁の業績)”も執筆されている。統一協会の関係者は”文総裁のみ言の遺産をきれいに連ねた宝石にする”としながら”信者が文総裁の意志を引継いで平和の世界にするために多くの役割を果たすのを助ける意図から編纂を行っている”と説明した。また”文総裁生誕100周年を記念した”ビジョン2020”を達成するため、教会は多くの力を発揮できるように足場を用意している”と話した。ここに韓総裁は、後進の育成に焦点を当て圓母平愛奨学財団を作り、それらを通して社会的貢献活動も行っている。
◆追慕行事多彩…文総裁思想展覧会‧セミナー‧アートコンテスト‧祈願祭
“文鮮明天地人真の父母天宙聖和1周年追慕式”は、1周忌記念日である23日、京畿道加平郡清心平和ワールドセンターで2万人余りが参加する中、厳かに執り行われる。追慕行事期間である17〜23日の間は様々な行事が企画されている。まず、文総裁の業績と活動を振り返る展覧会‧セミナーなどが目を引く。 22〜24日の間は天正宮博物館で “文鮮明総裁の遺品展 ‘が開かれる。文総裁が執筆した原理講論(家庭連合経典)と文総裁が生前に使用した生活用品、衣料品、各種小物や写真資料が展示される。
20〜23日にはソウル・シェラトン・グランドウォーカーヒルホテルで、世界60カ国以上から前•現職トップクラスの指導者や学者•女性•宗教指導者•平和大使250人余りが’ILC国際会議”に出席し、文総裁の平和哲学と生涯業績を解釈して発表する。この会議の期間には、ワシントン·タイムズ主催で北東アジアの安保と南北統一の4カ国(韓国、米国、日本、中国)セミナーも行われる。
国内の宗教指導者が発案者で出るセミナーも企画されている。 21日プレジデントホテルで韓国宗教協議会の主催で、各宗教指導者たちが”多宗教社会の宗教一致運動セミナー’で提案者から文総裁が主導してきた宗教一致運動の評価と宗教間の和合のための業績を再評価する。
平和統一を願う行事も企画されている。 24日臨津閣では、南北統一運動国民連合と平和統一連合の主催で、在日同胞300人を含む500人余りが集って’韓半島平和統一念願在日平和統一祈願祭’が開かれる。
23〜25日の間は京畿道加平郡清雅キャンプで世界平和青年連合主催で”平和” “統一” “純潔”をテーマに、世界平和統一芸術祭が開催される。
◆文鮮明総裁とは誰なのか
1920年1月6日(陰暦)平安北道の定州で生まれた文総裁は、1954年に世界基督教統一神霊協会を創始し、世界194カ国に宣教地を置く世界的な宗教団体に成長させた。生涯を世界平和と宗教和合、人類救済事業に集中した。
文総裁は生前、自叙伝で”猫頭山の麓で、神の召しを受けたその日から、ただ神の御心のために走るマラソン選手のような生活を送った”と回顧して、”振り向いたり、誰かと妥協することができる道ではなかった、肉親に親孝行さえできない血と汗、涙、苦難の道だった “と自分の人生を評した。
彼は1987年、南北統一運動国民連合を設立し、韓半島の平和に力を注いだ。 1991年には、北朝鮮を初めて訪問し、金日成主席と歓談を交わした。文総裁は、金主席と金剛山開発投資など、様々な対北朝鮮投資事業に合意したことで知られており、統一教会系として知られる平和自動車が設立した南浦自動車工場は珍しい対北投資の成功事例に挙げられる。
1990年には、モスクワでゴルバチョフ・ソ連共産党書記長に会って世界平和などについて議論した。
9.11テロ以降、世界の宗教指導者を招いてエルサレムに平和大行進を数回行った。そして2005年に天宙平和連合を設立したのに続き、2010年には、国連に代わる平和機構として’父母UN”を創設した。
英国のサンデータイムズは、1991年11月10日、“20世紀を作った1千人の人物”として李承晩大統領、北朝鮮の金日成主席らと共に文総裁を選んだ。
文総裁は、昨年9月3日(旧暦7月17日)1時54分京畿道加平の清心国際病院で逝去した。聖和式(葬儀)は13日葬で行われ、独自の統計によると、世界各国から25万人の参拝者が韓国の葬儀室を訪ねてきて追悼した。
訳・Harikawa
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